医院ブログ

菌・酸・糖の最新情報

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「母子伝播を防ぐためにスキンシップは控えるべき」

「食品や飲料の中に糖の量が多ければ多いほどう蝕になりやすい」

などと思われていることも多いですが必ずしもそうではありません。

 

①う蝕原因菌はいつ頃どこからやってくる?

〇う蝕原因菌の特徴をすべて兼ね備える S.mutans(ストレプトコッカスミュータンス)

口腔内にはいろいろな細菌が生息していますが、そのうちう蝕原因菌には、①酸を産生する能力が高い、②酸性環境でも平気で生育できる(耐酸性が強い)、③ネバつきの強い基質(不溶性グルカン)、という特徴があります。

これらの特徴すべてを兼ね備え、高いう蝕誘発能を有していることから、う蝕原因菌の代表種とされているS.mutansは乳幼児の口腔内菌叢に存在するう蝕原因菌の中でもっとも研究されている細菌種の1つです。S.mutansがいつ頃(定着時期)、どこから(感染源)やってくるのかについては、これまでに数多くの研究が行われています。

 

〇S.mutamsの定着時期と感染源

S.mutansの口腔内の定着時期として、2つの「感染の窓」の時期が提唱されています。

1つ目は生後19か月から31か月の間、2つ目は永久歯としてもっともはやく萌出してくる第一大臼歯の萌出時期(6歳ごろ)です。ただし、う蝕リスクの高い人では、S.mutansの口腔内への定着がより早く起こっている可能性があります。アメリカインディアンの子どもを対象とした縦断的研究では、「感染の窓」の時期よりも早い生後16か月までに58%の子どもからS.mutansが検出されています。

続いて感染源についての新情報です。歯面表層に定着するとされているS.mutansですが、歯が生えていない乳児の舌からも同菌のDNAが検出されたり、歯が生える前の乳児の歯槽粘膜を大きな綿棒で拭った試料からも検出されています。ですからこの細菌は粘膜表面にも定着する可能性があります。

 

〇母子伝播についてはそれほど神経質にならなくてもよい

現代社会では見なくなりましたが、昔ながらあの育児法では、離乳食として、母親がまず自分で食物を咀嚼してからその食物を乳児に食べさせるという方法がありました。このような食事様式の場合、母親の唾液中のS.mutansの数が多いと、その子の口腔内のS.mutansの数も多くなることがわかっています。また、菌株の遺伝子型を高精度で識別した研究によると、S.mutansの母子感染率は50~85%程度であることが示されています。

一方、う蝕リスクの高い母親であっても、きちんとう蝕治療を受け、キシリトール入りのチューイングガムを定期的に利用することで、子どもへのS.mutansの感染を効果的に減らすことができるという報告もあります。

なお、乳児がS.mutansに感染する場合、母親以外にも、他の養育者(父親、祖父、祖母)からの垂直感染や、、保育園・幼稚園などの友だちからの水平感染もあることが報告されています。このことから、過剰なまでに母子のスキンシップを避ける必要はないという考え方が現在では主流となっています。ただし、生まれてくる子どもへのう蝕感染のリスクを減らすことは重要ですので、家族にう蝕が多いご一家にお子さんが生まれてくる場合には、まず大人の口腔の環境整備と食事習慣の見直しを進めておくことを推奨するとよいでしょう。

 

②酸性度(pH)による影響はどれだけある?

〇食後30分待ってからのブラッシングは意味がない!?

飲食物に含まれている酸や胃酸など、口腔内で細菌が産生した酸とは異なる由来の酸が歯質を脱灰する現象は「酸蝕症」と定義されます。一時、インターネット上などで「食事の後の歯磨きは30分待ってからにすべきだ」という情報が流れ、口腔衛生指導の現場が混乱したことがありました。これは唾液の存在しない試験管の中で、酸性の炭酸飲料に象牙質のディスクを浸漬して軟化させた後、ディスクを取り出して口腔内に装着し、ブラッシングを実施すると象牙質が摩耗したという、「酸蝕症とブラッシングによる摩耗」に関連する実験を根拠にしたものです。普段の食事の後にブラッシングする場合とは異なる前提の実験であることにご注意ください。

この報告以降、酸性飲食物摂取後、どのくらいの時間を置いてからブラッシングすると歯質の摩耗が防げるのかについて、抜去歯を用いた実験室レベルの研究がいくつか報告されました。それらの結果をとりまとめた最新の論文では、「酸性飲食物摂取直後に歯を磨いた場合」と「10~240分の間隔をあけて歯を磨いた場合」の間に摩耗の程度に有意な差はみられなかったと結論づけています。つまり、酸性飲食物を摂った後でも、」ブラッシングを持つことによる歯質摩耗予防のメリットはないのです。

 

〇ブラッシングしないで放置すると、脱灰がどんどん進む!

また、先述の酸蝕症実験と実際の口腔内で異なる点として、実際の口腔内には唾液が存在することが挙げられています。唾液には酸を中和するはたらきがあり、レモンの輪切りを歯に長時間密着させる、お酢を頻繁に摂取するなど、酸性飲食物の頻繁な摂取がないかぎり、すぐには歯が溶けないように防御機能がはたらいています。

食後30分間ブラッシングを控えることでのメリットはありません。むしろ、デメリットとして、食事由来の発酵性糖質を利用してプラーク中の細菌が酸を産生ことで、歯に密着しているプラークのpHがエナメル質の臨界pH5.5、象牙質の限界pH6.0~6.5を下回る酸性に傾いてしまいます。食事によって口腔内で一時的に増えた発酵性糖質は、食後すぐのブラッシングで速やかに減らすことで除去できますが、ブラッシングをせず発酵性糖質を長時間放置すると、プラーク付着している部分ではエナメル質、象牙質とも脱灰が進んでしまいます。

結論として、普段の食事をしたら従来通り、食後数分以内のブラッシングを指導することが適切であると考えられます。なお、食後数分以内のブラッシングについては、日本口腔衛生学会、日本小児歯科学会、日本歯科保存学会でも同様の見解が示されています。

 

歯科衛生士 竹内

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